学長メッセージ

学長 田島旭(たじまあきら)

なぜこの学校をはじめようと思ったのか。
その想いと、これまでの歩みを私からお話しさせてください。

すこし長くなりますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
 

◼︎ フィリピンで、人生観が変わる

高校・大学と特にやりたいこともなく、「自分の低い偏差値でいけそうだから」という理由だけで進路を決める。もともと勉強が嫌いで、部活もそこまで本気になれないような「中途半端」な学生時代を過ごしていた。
ただ大学2年生のときにゼミ活動の一環で訪れた「フィリピン」で人生観が変わる出来事に出会う。

その出来事とは、現地の大学生との交流のなかで起こった。
彼ら彼女らは決して裕福とは言えない状況なのにも関わらず、同じ年齢の大学生が赤の他人の人たちに文字の読み書きを教えているという活動をしていた。とても素晴らしい活動だけど、当時の私には「自分たちも余裕があるわけんじゃないのに、その時間で生活費を稼ぐ方がいいんじゃないの?」という強烈な疑問が生まれ、最終日仲良くなった男の子に勇気をだして聞いてみた。

すると、意外な答えが返ってきた。
『僕たちは地域に育ててもらったから、その恩返しがしたいんだ』と。
(それも偉そうにではなく、ごく当たり前のような感覚で)

そんな彼・彼女たちの姿をみて自分にはない輝きを感じ、自分もそんな人になりたいと思った。これが『自分の生き方』を真剣に考えはじめ、今に繋がるすべてのきっかけでした。


◾︎ 恩師との突然の別れ

そんな大きなきっかけをくれたゼミの教授(後に恩師と呼べる存在)が、私たち学生にこんな言葉をずっと伝え続けてくれた。


『僕は、君たちの生き方を教えることはできない。
だけど、僕がもてる知識や経験や人脈を通して「君たちが生き方を考えるきっかけ(選択肢)」を用意することはできる。だから色んな出会いのなかで、自分の生き方を見つけてほしい。』

 
 
この言葉通り、私自身この「ゼミ」を通して、本当に色んな人たちと出会い、生き方に触れ、貴重な経験をさせていただいた。
(例えば、政治家や専門家、青年海外協力隊の職員や住民活動家など、自分ひとりだったら決して出会えない様々な立場にいる人たちに出会わせてもらったり。フィリピンや中国やドイツの学生と交流をしたり。高校生に授業をしたり。)

だけどこの有り難さに気づけたのは、悲しいことに、在学中に恩師がこの世を旅立ってしまったときだった…。突然すぎて、心が追いつかなかったのを今でも肌で覚えている。


恩師の告別式に参列し、これまでの恩師と先輩方が築いてきた何十年というゼミ活動の軌跡に触れながら、「自分は気づかない間に、自分の生き方について当たり前のように考えるようになっていたんだ」と口にしていた。
そして、しばらくすると『恩師のように、自分も誰かの生き方を見つけるお手伝いができる人になりたい!』という想いが芽生えた。

この恩師との出会いとゼミ活動の経験が、今の私の生き方を創り、このCompasea(コンパシー)の根っこの考え方になっています。
 

◾︎ 3000名以上の人生に寄り添うなかで見えてきたリアル

大学卒業後は、20代向けの教育研修プログラムを販売・運営する会社に就職。
ココでは年間100名を超える大学生や社会人のお客様の目標達成サポートをしながら、まさに私自身が思い描いていた『ひとりひとりの生き方をよりよくするお手伝い』ができる環境でした。

ただ、ココで早々に人生初の挫折を経験。教育業界では珍しい「フルコミッション(成果が出なければ給与ゼロ)」の給与体制で、入社して6ヶ月が過ぎる頃から、前代未聞の退会者数を出すという出来事が起きた。
上司の態度はわかりやすいほど180度変わり、毎日心が痛むような言葉を浴び、ときには暴力を受けていた。そして気づけば「お客さんよりも、失敗したくない/怒られたくないという気持ちを優先しながら仕事をしている自分に気づき、入社当時の理想とは真逆の仕事をするようになっていた。

365日中363日働いているのに毎月赤字で、借金もした。
「自分からお客さんに成功しよう!と口にしておいて、自分が先に降りるわけにはいかない」という意地のようなもので何とか踏ん張っていた。

そんな激動な日々が1年ほど経ったある日、心と体が限界をむかえたんでしょうね。ある朝、全く体が動かなくなった!
「このままいったらいけない…」そんな強烈な危機感を感じて、あれだけ天職だと思っていたを仕事から逃げるように辞めた。


退職後もなかなか次を考える気持ちが生まれずに、何もできず3ヶ月が経った。「自分からお客さんと成功を誓い合ったのに、自分から逃げてしまった。そんな人間が、もう人の人生のサポートをするってダメでしょ」という声が、何度も何度も脳裏に浮かび、自分を縛りつけていた。
そこからしばらくして「転職」の気持ちが芽生え、次の仕事を考えていたときに『やっぱり人の人生に関わる仕事がしたい!』という想いが消せなくて、結局人材業界へ戻ってきた。

そして有り難いことに、今度は「転職支援のキャリアコンサルタント」としてご縁をいただき、社会人生活を再スタートすることになった。
ココでは5年間で3000名を超える方々のキャリア相談と、500社を超える企業様の採用コンサルティングを行い、「人と会社を結ぶ」という仕事にとてもやりがいを感じながら、仕事をしていました。

ただ、だんだんと色んな現実がみえてきた。その中でも「どんな仕事をしたいかの前に、そもそも自分がどんな人生を歩みたいかがわからないと悩む人がたくさんいる(相談者3000人中、7〜8割くらいの人がこんな感じでした)」という現実が、強烈でした。

そんな違和感を抱えていた28歳、ふと考えた。
「次の30代をどう過ごしていきたいかな…?」と。


そんなことを約1年近く考えて出した答えが
『やっぱり働き方の前に、もっと土台にあるその人の「価値観」や「生き方」を一緒に見つけるようなサポートがしたい!』でした。

この気持ちに嘘がつけず、正直不安な気持ちはあったけれど。
自分の探求したいことへ全集中するために、7年間の会社員人生にピリオドを打ち、『起業』という道へ進むことを決める。


◾︎ 自己啓発業界で10年仕事をし続けて、感じたこと

2016年1月に起業後は『その人のまんなか・生き方を見つける』をモットーに、これまで3,000名以上の方々の人生に寄り添わせていただいた。
この経験は私自身を何倍にも成長させていただき、少しずつ自分の想いが形になってきた2019年春。突然、強烈な違和感が生まれた。


「自分が何者で、どんな生き方をしてきたいのか」って短期的に見つかるものじゃない。 むしろ、『生涯』を通して探究や実践を繰り返しながら、ようやく見えてくるものだし、育っていくもの。

それなのに、なぜか私がいる自己啓発業界では「3ヶ月・6ヶ月とかで自分の使命ややりたいことが見つかりますよー!理想の生き方ができる自分になれるよー!」みたいなサービスが溢れている。なんかこの感じ、とても不自然だな…。



この違和感に気づいてから、普段自分が一緒にいない人たちと積極的に時間を共にしていると、そのなかで「興味はあるけど、セミナーとかに行く意識高い人のなかには入りたくないんだよね…笑」という率直な声を聴く機会が増えた。

そしてお話を聴けば聴くほど、『そんなことを考えている人にこそ、このエッセンスたちは必要なんじゃないか?』という気持ちが芽生えた。しばらくしてこんな想いが溢れてくる。
 

「自分の人生について考えること」が決して特別なことでもなく、意識高い人がやるものでなく。
旅行や料理教室、ヨガみたいな習い事のように、もっと「生き方について学び考えること」が当たり前な文化になったらいいなー!!


この大切さをストレートに伝えるんじゃなくて。
まるで『テーマパーク』にいくような感覚で。誰の中にある面白そう!という好奇心にスイッチが入るような、『体験・体感』がベースにある学び舎があったら面白いんじゃね?!


そんな想いが形になったもの。それがこの「Compasea(コンパシー)-人生のための学校-」です。


◾︎ 最後に、みなさんへ一言

「人生のための学校」と言われたら
あなたはどういう場所を想像するでしょうか。

お堅い難しそうな感じでしょうか。
それとも、何か心が躍る感じでしょうか。

私たちも色々と考えたんですが、あえて「人生のための学校は○○だ」という「定義」をすることをやめました。人それぞれに個性がちがうように、この場にきて『体感』する人によって、その定義は変わるからです。そして、それはちがっていいなと。

「私にとってココは、安心して、自分の本心と向き合える場所です」
「僕にとってココは、家族や職場とはちがった人と出会い、アイデアが生まれる場所です」
「私にとってココは、今よりも新しい1歩を踏み出すための場所です」

他にも、色んな答えがあると思います。
あなたにとっての「定義」を、そして「心のコンパス」を、ぜひ『体感』しながら見つけてください!

そのために安心して自分と見つめ直せる環境が、自分の心のコンパスを思い出せる学びや体験が、ココにはあります。
 

当時私の恩師が「生き方を考えるきっかけ(選択肢)」を私に与えてくれたように。
今度はこのCompasea(コンパシー)が、皆さんにとっての「心のコンパス」を思い出し、それを日常で輝かせていけるような存在・場所になったら。そんな想いで、授業や環境を創りつづけています。


心が少しでも動いたら、そのときがタイミングです!
皆さんにお会いできることを楽しみにしています!!!